川の浄化作用の話

 東京や大阪など大都市の水道の水はまずくて、井戸の水や山の中の水はおいしいという。 町の水は塩素を入れて消毒する。 川の水はたいてい下流ほど汚れているから、下流にある町ほど消毒薬が多くなり、まずくなる。

 山の中の温泉地などの水は塩素を入れなくて良いというのはなぜか。 川の水がキレイだからである。 平たく言えば、川の水をそのまま飲んでいるのだ。 日本の山岳地帯では、たいてい水をそのまま飲んで安全なのである。 

 上流でサカナが糞をしても、それでキレイだ。 なぜなら川には無害な微小な生物がいて、サカナや虫の糞・死骸などをほとんど水と二酸化炭素にしてしまう。それらの微生物は主に川底の石についていて、サカナや虫の糞や死骸を栄養にして暮らしているのである。 それを自然の浄化作用という。 原始時代から人間は川の水を飲んで生きてきたのだ。 水道の水はそれに塩素を加えて消毒するだけである。

 外国の山ではたいてい水が日本人にとって、安全でない。 それは家畜を山で放牧するからである。 サカナの排泄くらいなら自然にキレイになるが、家畜の排泄は量が多いからキレイにならない。 多くの日本人はその水を飲むと腹をこわす。

 ただし住民は大丈夫である。 そこの細菌に弱い人は死んでしまい、強い人だけが生き残ってきたからである。
 日本はたいていの山で家畜放牧をしていないため、水がキレイなのである。 だから放牧をしている場所は例外だ。
 その他、上流に山小屋とかキャンプ場、ゴルフ場などがあっても下痢のもとである。 山で谷川の水を飲むときは、地図を見て山小屋とかキャンプ場、ゴルフ場などが上流にない事を確かめることが必要だ。

 30年あまり前の話である。 長野県の駒ヶ根市で市民が飲む川の水が大腸菌ウヨウヨだというので問題になった事がある。
 駒ヶ根市の西には中央アルプス(木曾山脈)があり、市民はそこから流れ出る大田切川の水を飲んでいた。 中央アルプスにも山小屋があるがそれまで水はキレイであった。
  
 千畳敷山荘という山小屋は谷川ぞいの岩の上にあり、岩では穴も掘れないから谷川にそのまま人間の排泄を流していた。 下水処理をしてキレイにしようとしても2600mという高いところだから、大変寒く下水処理が困難だ。下水処理は無害な細菌の力で汚物を水と二酸化炭素などに分解して汚い水をキレイにするのだが温度が低いと細菌はなかなか増えないから汚水がキレイならない。冬はモノがなかなか腐らない事は誰でも知っているだろう。 2600mという高冷地では普通下水処理が不可能だから、そのまま汚物を谷川に流していたのだ。

 その汚水は下流の駒ヶ根市まで流れてくるのだが、大田切川は天竜川の大きな支流だから、無害な微生物も普通の谷川とはケタ違いに多い。 だから垂れ流した汚物は分解され川の水がキレイになっていたのだ。

 30年あまり前、中央アルプスロープウェイができた。 いままでは2600mの千畳敷山荘まで駒ヶ根市郊外の菅の台温泉から長い登りだったが、バスとロープウェイのおかげで座ったまま登る事ができるようになり、誰でも千畳敷の美しい高山植物お花畑を見る事ができるようになった。 大腸菌ウヨウヨ騒動は、このロープウェイのために発生したのである。

 それまで千畳敷山荘に泊まる人は多くて数十人という程度だった。 ところがロープウェイのために一日千人以上の人が登ってくるから、トイレから出る汚物が増えた。 これだけ汚物が多いと、大きな川に住む多くの微生物でもキレイにならない。 そこでよごれを大腸菌が食べる事になり大腸菌が増えて、大腸菌騒動となってしまった。

 寒さのために微生物の力を使う排水処理は困難である。 そこでロープウェイを利用して石油を運び、人間の排泄物を火炎放射器のようなもので燃やして、少量の灰にする事になった。 そうしてまた大田切川の水はキレイになった。