英語教育方法論メモ  筆者は語学が大変苦手で、大学合格時の英語点数は国数英理社のなかで抜群に低かったという記憶 がある。  他国語に至ってはお話にならないレベルである。
 しかし学生アルバイトのとき考案した英語入門教育方法は、当時心理学的に最も合理的なものだっ たと思われる。苦手だから工夫できたのであろう。 今でも最も科学的な方法なのではなかろうか。

1. 文部省検定教科書式授業
 学校で普通習う英語教育では、
A. 単語は豆単語集で「英単語→日本語単語」に置換し、文法は「置換した日本語単語の語順変換規 則」と心得る生徒が大量に発生する。 そのため後記のように英米人から見ると初歩の初歩段階 での奇妙な誤りが発生しやすく、その誤りが高校や大学、社会人まで残ることが多い。
B. 授業が面白くない。だから公立中学一年一学期にはテスト平均が高いが、まもなく平均60点と か50点、時にはそれ以下という困った点数になってしまうのが普通である。
教材は同一の「言い方」の例が1-4程度であり、授業は機械的な英文和訳作業と和文英訳作業の連続 である。 英文和訳でできた「和文」は「直訳」であってポケット電卓による変換とかわらない。 こ の意味を考えて「意訳」と称する和文とする。

 欠陥は次の通りである。
①. 教科書の例文が少ししかないので「このような文はこういう意味」という学習(条件反射)が成立 困難であり、意味をとるのに単語置換と語順変換に頼るしかなくなる場合が多い。
②. 初歩から「英文の意味を感覚的に知り、それを日本語で表現」するのでなく、英文から「英文和 訳」を強制するが、感覚的に意味を知るより先に和文を作る方法の学習だから、やはり単語置換と語 順変換を強制しているのに等しい。 
③ 和文英訳ともなれば、強制そのものになる。 和文の意味を理解し、それを英語で表現するとい う作業は大変難しい…英文和訳より和文英訳のほうがはるかに難しい事は異論がないだろう。 その 難しい作業をするとなれば、ごくわずかな例文を頼りに単語置換を行う機械的作業しかできなくて当 然であろう。
 英単語は小型辞書に出ている日本語単語と意味がイコールでない場合が多く、英単語の意味は複数の日本語単語での説明つまり組み合わせで理解される。 1対nの対応に似る。 「言い方」も同様である。 だから和文英訳では逆行列計算に似た計算が脳で行われる事になって大変難しい作業となり、生徒はその計算を放棄して1対1対応による機械的変換に頼る事となる。  

2. 英語しか使わない方法
 対極にある英語教育法として、「英語しか使わない」方法がある。 筆者の学生時代アテネフランセ でフランス語を教えるのにこの方法が使われていたが、似た英語テキストは市販され入手容易だから、 この方法は今でもかなり採用されている方法であろう。

   テキストは略画つきで、1つの「言い方」の学習で文部省検定教科書には2-4の例文が普通なのに、 4-10またはそれ以上の例文を使うから、条件反射化つまり直観的に意味を理解するのに向いている。
 教師は日本語を原則として使わないが、例文と略画・教師の動作で生徒が文の意味を理解するとい う方法である。

 この方法の理解方法は文部省式の「日本語に直してから理解する」のでなく、英米人の子供の言語 学習と同様に「感覚的に理解する。条件反射に頼る」という方法であろう。
   文部省式のテキストでは、用例があまりにも少ないため、英語だけ使っていても条件反射が成    立しないほうが普通であり、結局「豆単語集による単語置換のあと語順変換による理解となる」    と思われる。

  3. 心理学的により合理的な方法
 しかし日本語で考え、理解する習慣のできた子供は、英文だけ示されても理解の過程では「That is…」というのは遠くの場合で、「This is…」というのは近くの場合だと日本語で考えるはずである。 だから、小学校高学年以後の子供の場合、彼らの思考過程にそって次のようにするほうが合理的と思 われる。 「That is…」というのは遠くの場合で、「This is…」というのは近くの場合だと日本語 で説明するほうが習得容易だと考えられる。 つまり和訳をせず、意味を説明するようにして、 「英語しか使わない」テキストに沿って教える。 だからSheはカノジョだという奇妙な1対1対応 による変換を教えるのでなく、「以前出てきた女の人を指す」と教えることになる。
 初期の段階では英文和訳をせず、半年ほどたってから和訳を導入する…だから生徒の考える和訳は カノジョでなくソノオンナノヒトという事になり、「直訳」が存在せず最初から意訳となる。

 それでも英文→和文の機械的変換が生徒から自然発生する可能性は十分ある。 だから、その発生 を妨げるような教材が含まれている事が望ましい。 なければ加える事になる。
 試作授業書にあるような「on」を「上に」と訳すと困る例を多数入れれば「on」に相当する日本語 単語つまり1対1の対応をする日本語単語は存在せず、「on」は表面に接触しているさまを示すのが 原義である事を生徒は理解できる。 その他 along awayなどでも同様の授業が可能である。

 その次は「this 、thatとitの関係」…itに相当する日本語が存在しない…という事に進む。
 このあたりではじめて英文和訳となる。 「直訳」などは登場せず、意訳だけである。

 それからget とか takeなどの重要単語について(小型でなく)大型・中型辞典を見ながらの解説。
 bringとfetchとかmayとmightのように、「豆単語集」に頼ると間違いやすい言葉の区別の説明。
  定冠詞と不定冠詞とか時制など日本人に難しい用法の説明。
 そこまで行って、はじめて和文英訳となる。 言いたい内容を直接英文で書くことになる。
 残念ながら、この段階の中途までしか教えた事がない…このレベルになれば僕自身の学力が怪しく なる。

 この授業では英米人の考え方と日本人の考え方の対比が生徒に面白い事となる。
 また単語や言い方の意味について、生徒との話し合いが可能であり、仮説実験授業がごく部分的に は可能と思われる。 当時は仮説実験授業が考案される前であったから、そこまで考えなかった。    

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