北八ヶ岳での個人別希望のコースでの行動
      この実践は1986年9-10月当時の労山機関誌「山と仲間」に連載

ぞろぞろ行列集団登山の欠点
 ぞろぞろ行列の登山は、一般登山者にとって大変迷惑である。 5-7人程度のグループならすれちがいにそれほど時間がかからないから、すれちがいの時間が適当な小休止になっているのが普通である。 ところが20人以上の大グループだと長いこと待つから無駄な時間が生じ行動予定が狂う。 100人のグループとなれば一般登山者にとって公害か災難のようなものであろう。 斉一な行動だから一定の時間適当な休憩場所がすべて占領され、一般登山者は締め出しである。

   一方生徒は先頭の教師のペースに合わせなければならず、休憩が不自由で一部の生徒は甚だしく体力を消耗する事になる。 最初は軍隊式行進で統制があるが、後半になれば先頭と最後が離れてしまい、無統制行列に近くなるから安全性は大変低い。 筆者の実見した事故では途中で体力の劣る生徒が遅れがちとなり、そこで列が切れ前の生徒が見えなくなって、それより後の教師と生徒約40人が集団迷子となり1時間以上混乱した例がある。  東京都東久留米市市立M中1973年。
 5クラスのうち2クラス目のところで列が切れたあとにいた教師(その体力の劣る生徒についていた)が道を間違えたので130人ほどが迷子になるはずだったが、40人ほど後ろに自分で地図・磁石を用意した元生徒会長がいて「おーい道が違うぞ」と怒鳴った。 まわりにいた同クラス男子生徒は彼を信用して正しい道を歩いたが、前にいた女子は「先生がいるから大丈夫よー」という事で迷子になったそうである。
 なおその教師と同程度に地図の苦手な教師は圧倒的多数派だ。
 どうせ連れていってくれるのだからと、大多数生徒も大多数教師も他人まかせになったための事故である。 

1コース班行動の問題点
 1コース班行動ならば、体力の無駄は少なくなり、生徒の支持もある程度得られるから生徒がいくらか積極的になり集団迷子の危険性は少なくなる。 
 しかしコースは体力の劣る生徒やクルマ通勤で足の萎えた教師に合わせる事となり、体力の余る生徒にとっては冒険の要素がなくなって面白さが減り、宿での大暴れも必然に近くなる。 その一方で体力の劣る生徒には苦しいコースとなる。
 では2コースにしたら良いかというと、これでは格差がつくから生徒の評判が悪い。つまり生徒のやる気が出にくいから、班行動もいい加減となり安全性が低くなりやすいと考えられる。 格差をなくすにはコースを3以上とし、「鍛錬」「植物観察」「地形観察」「絵」「写真」「詩・俳句」などとすれば良い。 これなら格差が生じないし生徒個々の関心に応じてコースを選べから支持は大変大きい。

多数コース班行動の問題点
 酒井氏が最初に実践したときは、場所が榛名山であったから山が小さく、どのコースでも問題はほとんどなかった。 相馬岳(榛名山の1ピーク)の岩場さえ教師が注意すればよかったであろう。
 しかし筆者が実践した例では北八ヶ岳や志賀高原での場合があり、それらの場合は山が大きく体力の問題が深刻であった。 体力的につらいコースだと、なんとか歩く事ができたとしても注意力低下のための転倒転落が多くなるというのは山屋の常識だ。
 しかも例年なら「鍛錬コース」希望者は2-3割程度でその中の女子はみな部活動で鍛えた体力に自信のある生徒ばかりであるが、筆者の担当した学年では同一コースでも5割以上、6割以上となった。 体力がかなり劣る生徒も鍛練を希望しているのである。 生徒の山で歩く速さは班で持久走の記録が一番劣る生徒の記録と並行する事が小山喜栄子氏、酒井一幸氏との共同調査でわかっていた。 持久走記録が平均より相当劣る生徒が多数鍛錬コースを希望している。
 前者の学年は「3年のとき隣接校からワル12-3人が校門に押し寄せ『番長を出せ』と言ってきたのに対して生徒会長が130人ほどの仲間を動員した上『俺たちのところには番長などいないから、お前らはさっさと帰れ』とやった」学年である。  後者の学年は2年のとき、『悪い先輩(7-8名)に襲われたら仲間を集めて暴力を許さないようにする』リーダー同盟が4月に成立し、有効に校内暴力を防止して問題児が上級タバコ生徒集団の家来になるのを防ぎながら彼らを遊び仲間に加え非行関係問題児をゼロにした」という学年である。両方とも生徒の積極性が抜群に高い学年だと考えられる。

 志賀高原での鍛練コースはリフト不使用の岩菅山(一ノ瀬・東館山・頂上・登山口入口・歩きで一ノ瀬、コースタイム約7時間15分)北八ヶ岳の鍛錬コースはやはりリフト・バス不使用で蓼科山(小松川寮近くから直接頂上へ向かう道・御泉水・蓼科牧場経由でコースタイムは約5時間)であって山の初心者にはどちらもかなり厳しい。 コースタイムに大差があるようだが、志賀高原と八ヶ岳の登山者層の違いを考えてコースタイムをガイド地図作成者が設定した数字であり実際の登山時間に大差はないとして良い。  鍛錬コースは体力の劣る生徒の限界に近い厳しさであろう。

  安全対策は次の3つとなる。
1 本格的オリエンテーリング遠足やウォークラリー遠足と同じく優秀な生徒を班長として選ばせ、その統制のもとで行動させること。
   オリエンテーリング遠足の項参照。
2 班長には夏山リーダーとしての知識をある程度(大多数の教師、夏山登山者よりレベルが上)学習させること。
 苦労に見合う楽しさがある事を生徒に理解させれば、生徒は本気で努力するから仮説 実験授業と同じく高い定着が期待できる。 コース自由道草自由遠足の場合と同一の理由で優秀な生徒が班長になるが、もともと優秀な生徒なら確実な学習が期待 できよう。
 この中で特に重要なのが体育学(医学)に忠実な歩き方とし、極力体力を温存したまま行動させることである。 そうすれば身体障害者・病人でない限り(肥満児でも特別程度がひどくなければ)生徒は誰でも高山の一般コースを案内書にある日程で歩く事ができる。 この実践以前に、個人的にクラスや学年で一番体力の劣る男子生徒、女子生徒を八ヶ岳や日本アルプスに連れて行きその事を確認した。 第一ポリオ後遺症で右足が左より3センチ短く太さが半分しかない筆者が山を歩けるのはその知識のためだ。

 これだけの対策をとれば、大多数の学校で行う「ぞろぞろ行進=軍隊式行進」、一部の学校で行う「1コース班行動」より安全性が高いであろう。
 僕が学生の頃は「水を飲むとバテル」という迷信が常識に近かった。 しかし現在でも「ゆっくり歩いて休まないのが良い」とか「休みは1時間に1回が良い」という非科学的な常識つまり迷信が存在する。
 生理学を学んだ者には、「疲労は直線的でなく、加速度的に増大」という一般則がある以上「極力小刻みの休息とし、疲れを感じる前に休む」のが合理的であることは自明であり、事実東大医学部物療内科で行われた疲労実験ではそうなっている。 つまり休息時間が全体として一定なら、1時間毎より30分毎、30分毎より15分毎のほうが疲労は少ない。
 ではお前はどうなのかといえば、普通は休憩が面倒だという理由で多数の登山者と同じく30分―1時間に1回の休憩である。 しかし車なしの日光女峰山・帝釈山縦走日帰りとか赤岳日帰りのようにコースタイムが長い場合は15分−20分に1回である。 生徒や初心者を連れて歩く場合はよほど楽なところでなければ休憩は15分−20分に1回である。


 蓼科での実践(当時の労山機関誌に報告連載)では、生徒に提示したのが「鍛錬」蓼科牧場近くの宿舎からバス・リフト不使用で蓼科山、「地形観察」白駒池から黒百合平・渋の湯、「植物観察」ロープウェイから坪庭・茶臼山・縞枯山、「写真」白駒池から高見石と賽の河原、渋の湯、「絵」白駒池から高見石往復の5コースであった。 地形観察希望が20と少なかったので、第2希望にまわってもらい、鍛錬希望が7割近くとあまりに多いので、北横岳・三つ岳の第二鍛錬コースを作った。 山は蓼科山より低く、登りにロープウェイを使うので楽なようだが、三つ岳通過が大岩を積み上げたような3つのピークの昇降で転落の危険があり生徒の疲労には大差がないであろう。 
 7学級だから教師の数も多く、また冬山登山や沢登りをする小山養護教諭、山になれた女性教諭である高橋,畠山の2人がいるから5コースとしている。一般には3コースとすべきであろう。 事実筆者も他校で実践の場合は3コースとした。  鍛錬の蓼科山は体力的に厳しいので小山教諭ら20代30代の教師5人、第2鍛錬は危険のあるコースなので僕と20代教師の2人、写真と植物観察は山慣れした1人を入れた2人づつ、絵コースが校長など2人である。 雨天の場合は、鍛錬が霧ケ峰で他は諏訪大社(4地域に分かれている)になっていた。

 現在は有名山岳なら登山地図があり、何回か訂正されているから信頼して使用でき、地図の問題は省略。
 当時は北八ヶ岳を酒井一幸氏、小山喜栄子氏、僕の3人で分担して歩き2万5千図を訂正したものを使用していた。 2万5千図の道は蓼科山の大ガレ(崩壊地つまりガケ)が道とされているなど間違いがひどく飛行機から写した写真から推定した道をテキトーに書き込む省エネ地図であるとしか思えない。
委員会、クラス会での「指導書」、臨時班長学習会学習資料(これも指導書)を示す。
コース案内はガイドブックで十分だから省略。

指導書…委員会、クラス 「山登りの医学入門」
 2500mの山に登るというと、登るのが大変でものすごく疲れるような気がします。しかし医学者が正しいとする歩き方なら、身体障害者や病気の人でなければ中学生ならだれでも2500m,3000mの山にそんなに疲れないで登れるものです。 それにはどうしたら良いでしょうか。 まず山登りより簡単な鉄塔登りの話から。
 問題 高圧線の鉄塔に登って、修理点検をする職業の人がいます。 まず最初の鉄塔の工事が終わったので、次の鉄塔に登る事にしました。 その時一緒にいた人が1本の工事が終わったら少し休んだあと2本目にしたらどうか、と言いました。 しかしその人は全く疲れを感じていないので、すぐ2本目に登りさっさと仕事を終わりたいと言いました。 本人が疲れていないと感じるなら、次の工事をすぐやっても安全でしょうか。  
ア すぐやっても休んでからやっても鉄塔から落ちる事故の率はあまりかわ らないと思う。
イ 休まないと事故の率は何倍にも増えると思う。
 労働科学研究所の調査では、イが正しいという事です。 その理由は次の通りだと医学者は考えています。 登った人の足の細胞や脳の細胞が最初の工事の時たくさんの酸素を使っていますから、本人にはわからないが血の中の酸素は減っています。 血の中の酸素が少ないと、脳の細胞が十分働かないから、脳の働きである注意が怪しくなってきて事故の原因になる。 休むとその間に呼吸をしますから、しばらく休むと血の中に酸素が十分あるようになります。 つまり酸素の血中濃度が回復するのです。

練習問題
 高い山での道が崖ガケの通過など危険のある悪い道になっている事があります。 その通過のとき、
ア まだ元気で疲れを感じていないから、さっさと歩く
イ 元気でも悪い道に入る所で休むようにする
どちらが正しいですか?

質問
 危険なところをやっと通過しましたが、まだかなり悪い道です。 この時転ばないようにするにはどのようにすれば良いか、わかる人がいますか?
 危険な悪い道では手足も脳(注意は脳の働き)もたくさん酸素を使うので、その後は血の中の酸素が大変減ってしまうので、ちょっとした事で転びやすくなります。 ですから通過のあとでも休むほうが安全です。 事実遭難は一番危険な場所が終ったが少しは危険が残る、という場所で多いのです。
問題  長い間あるけば疲れますから休む必要があります。 そのとき
ア 1時間に1回やすむ
イ 30分に1回やすむ。 ただし休む時間は半分にする
ウ 15分に1回やすむ。 ただし休む時間は1/4にする。
どれが一番疲れが少ないと思いますか? それとも
エ どの方法でも疲れ方はあまり違っていない
と思いますか?

 東大医学部で実験した結果ではウが一番疲れが少なく、アが一番疲れる。 その理由は次の通りだと学者は考えています。 運動すればだんだん疲れはひどくなるが、その疲れ方は運動に比例するのでなく、それ以上に疲れがひどくなる。 つまりひどい疲れかただといくら休んでもなかなか体力は回復しなくなる。 だからあまり疲れないうちに休むほうが、休憩時間の合計は同じでも楽なのだという事です。
 つまり疲れを感じないうちに少しづつ休むのが得で、がんばり続けたあと「あー疲れた」といって長く休むのは大損という事です。

質問
 下手な歩き方で疲れたら、転ぶ事故は増えると思いますか?
 疲れたときは当然酸素も不足していますから、事故は多くなります。ですから山ではできるだけ疲れを感じないように、短い休憩を多くします。 また急なのぼりでは少し登っても疲れますから、ほんの少し登ったら立ったまま10-20秒休み、また少し登ったら10-20秒休むという方法で歩きます。
 その他の注意としては、「普通は全体を土や岩につけて歩くようにし、つま先やかがとだけで歩かないようにする」というのがあります。
 また準備体操をしない場合ははじめの10分か20分が準備体操ですから、わざと少しゆっくりにします。
 2000m以上の山では気圧が低く酸素が2割くらい少ないから、今勉強した事は低い山の場合より重要です。 つまり医学に反すると疲れはひどく、転んだり転落する事故もいっそう多くなるという事です。

問題 中学1年では男女の体力にあまり違いがないので、小さい男子が大きな女子に追いかけられて逃げ回っている事も珍しくありません。 しかし2年生になれば、男子の体力は女子より平均して3-4割上になり、3年になれば5割ほど上になります。 男子は2年のとき、お母さんつまり大人の女子より力が強くなるのが普通です。 ですから家の中で重いものを運ぶのはおとうさんと男の子供の仕事になります。
 大学や高校の山岳部、ワンゲル部ではたいてい
1 男女のかつぐリュックサックの荷物は同じくらい
2 男子のもつ荷物は女子より3割位重い
3 男子の持つ荷物は女子の4割から10割(つまり2倍)重い
どう思いますか? 
 いくつかの部を調べた結果はみな3です。 男子は体力が女子より上なだけでなく、歩く速さも上ですから、こうしないと女子が先にバテてのろのろ歩きとなり、男子はそれにつきあって長い事歩く事になり、重い荷物を持つよりもっとくたびれてしまう。3のようにするのが女子だけでなく男子も楽ですから、そうするのです。

質問 中学生でも2-3年では男女の体力が違っています。 ですから、男子が女子の弁当や雨具などを持ってあげるというのはどうでしょうか。 それに女子の荷物を持ってあげれば人気が出る可能性がありますから、男子はみな女子の荷物を持ってあげたいのではないでしょうか(ただしヨウチボウズ、ガキは例外)。 みなさんはどう思いますか?

質問  疲れた疲れたと騒いでいる人と、本当に疲れて参っている人は同じですか?
 ほんの少し疲れても大騒ぎする人がいますし、やせ我慢をして疲れたと言わない人もいますね。
質問
 男子のみなさん…女子のいる前で疲れたといいにくくありませんか?
 男子が女子の荷物を持つとすれば、男子が先に疲れてもおかしくないのですが、ガキ、ヨウチボウズでない男子は「疲れた」といいにくいのが普通です。
 ですから班の中で疲れた人がいると思ったら、班長に「休みにしよう」と言って下さい。

疲れた人の見分け方
1 石をけとばす事が多い…疲れて足を上げるのがつらくなり、足をひきずるようにして歩くからです。
2 体全体が左右にひどくゆれる・・・疲れて脳の働きが悪くなりバランスがくずれやすくなっているのです。。
3 靴やズボンの内側にドロがつく…理由は1.2と同じです。
4 おくれがち…理由はわかりますね。
5 2度続けてすべる。 疲れて脳の働きが悪くなり注意力が下がったのです。

質問
疲れた人がいると思ったら「お前は疲れているだろ」と言ったほうが良いですか?  班長に「休憩にしよう」と言ったほうが良いですか? 

臨時班長の会で
 質問 臨時休憩のとき、班長は誰が疲れたから休むと言ったほうがいいですか? いわないほうが良いですか? 
 臨時休憩だともいわず、ただ休憩というほうが良いですね。
 また普通は持久走の遅い人が疲れやすいと思って下さい。 山登りも持久力が必要だからです。 ですから持久走の遅い人には特に注意して下さい。 ただし山登りに慣れている人は例外です。)

酒井一幸氏の中学校行事改革 
コース自由道草自由遠足