授業書 コペルニクスの解説

 天文ではモデル実験しかできず、理屈中心になりがちで、天文マニア以外の大多数生徒にはわけのわからない事を理屈続きで詰め込まれる苦しい授業になりがちです。

 そこで、歴史学や哲学論理学その他の要素を加えて、大多数の生徒が興味を持つようにしました。 中心になるのは、天体観測に優れていなかったコペルニクスがどのようにして天動説を論破したかという場所で、生徒たちは物凄く面白かったと評価してくれます。

 そうはいっても、コペルニクスがどのように天動説を論破したかという論理の問題は板倉さんの博士論文ではじめて十分明らかになったのです。 その内容の重要部分を中学1年生に理解してもらうのは容易ではありません。  すべての素過程を順序よく教えると共に、余計な話は極力けずり、主内容に生徒の関心を集中するようにしなくてはならない。

 「脊椎動物の進化と分類」で、ダーウィン「種の起源」の最重要部分…大多数の有名大学卒業生でも理解していない部分が中学生に理解可能、ということがわかったので、一層難しい内容の授業書化に40年前挑戦したのです。
 
 ただし内容が一層高度であり、素過程1つ1つの授業書化が困難である場合が少なくなく、完成度はBかCになっています。 容易さもBかCでしょう。しかし「脊椎動物の進化と分類」と同じく、授業が拍手ではじまった学年もあるという位、生徒に熱烈に歓迎される授業書です。 一流学者の研究は内容の面白さも一級という事…つまらない事は研究しない…ですから、内容を生徒にわからせる事に成功すれば、常に特別面白い授業になるはずです。

 地動説はギリシャ時代からありましたが、論理的にでなく社会情勢の変化のため天動説に負けてしまいました。 ルネッサンス時代の思想、論理を駆使できたコペルニクスが地動説を復活させるのです。 ですから天文学の歴史を教える事になります。

1節「ギリシャに科学がおこる」の構成と考え方

 現在の授業書の1節では科学のはじまりから、月、太陽までの距離とそれらの大きさ、地球の大きさを扱っています。   
 この節は法則を再発見する授業でなく、歴史的事実を知るだけの授業ですから「仮説実験授業そのものの面白さ」に頼る事ができない。 ほとんどお話にならざるを得ない上、数学の苦手な生徒には苦しさがある。

 では何の魅力で生徒の楽しさを確保するのかといえば、有名な詩人ルクレチウスがうたったような、「迷信と闘い科学的考え方を確立し、その結果宇宙や地球についていろいろな事がわかるようになった」という「人間の素晴らしさ」を生徒に感じさせる事によって確保するのです。 

 現在1節にある個々の知識はどうでも良いので、内容1つ1つの定着率は(1節の内容に関する限り)問題でないから、内容をふやして定着率を高める必要はなく、極力コンパクトにして、全体の文学的効果を大切にしたい。 

2節「地動説による天体のみかけの動き」の構成と考え方

 ここに慣性、宇宙の大きさ以外に必要な知識を全部つめこんであります。 教科書では例外なく透明半球を使い、経験的な知識として天動説流に天体の運行を扱います。 ところがここでは「地動説ではこれだけの事がわかる」という「科学の素晴らしさ」を問題にしますから、全部地動説で説明してゆく。

 そのとき「地球や天球という球面を平面で説明する」困難が伴います。 文部省・教科書検定官や教科書著者だって可能ならば天動説でなく地動説で説明したかったはずで、できなかったから天動説式説明になっているのでしょう。
 そこでまず「素課程をすべて扱ってから、一般に進み、さらに特殊なものへ」という数学の水道方式と同じ心理学的方法論を使います。 

 東京とか大阪でのみかけの天体運行説明の前に、北極、南極、赤道でのみかけの運行を扱い(これが素課程)、世界中の場合(一般)を教え最後に東京や大阪を扱うのは、その理由です。 他に問題点がない限りそれが一番理解容易なはずです。
 それでも困難があり、多少不正確な図(不正確であるが結果に関係ない事を注記します)を使う場合があります。

 これでも、定着率は板倉さんの目標と現在かなり距離がある…中1の場合。図の改良や現在使っていない透明半球の併用など改良でも定着率が高くなければ、北極南極と赤道だけ原理的に教え、一般の場合を類推で直観的に教えるほうが良いかも知れません。
 またここでは仮説を考える思考範囲も普通の仮説実験授業より狭く、仮説実験授業らしい面白さが多少少ない。 ですから白夜の話とか「南半球の季節」などの社会科授業(地理)の面白さをつけ加えています。

3節「ギリシャの科学が滅びニセ科学の時代となる」の構成と考え方
 
 民主主義と科学の関係を確認するのが最初のステップになっています。長すぎるとは思いましたが、戦争の話を入れました。 「アテネの人はわけを考える」
事がわかりやすいのが戦争の話だし、お話の内容は面白いからです。 そのあと科学と「わけを考える」事の関係のおはなしとなります。

 アテネの民主政治が自分たちの利益ばかり考える拡張主義となり、アテネ市が他市から金を集めたり他市に戦争を吹っかけるようになり、結局わが身を滅ぼすという話は社会授業書にすれば近代現代の「民主主義国」と似るから面白いと思いますが、主題に関係ないので簡単に「アテネなどギリシャ都市が内戦の結果衰え、科学の中心がエジプトに移る」程度としました。

 実はアリスタルコスやエラトステネスはもうエジプトに科学の中心がうつってからの人ですが、政治経済の変化に少し遅れて科学や芸術の変化があるという法則を教えるのは大変(社会で教えるべきでしょう)ですし、その法則なしではアリスタルコスやエラトステネスがまともな科学者である事の説明ができませんから、エジプトにいた事は伏せたままとします。

 エジプト時代…科学が変質した時代の代表的な科学者としてプトレマイオスだけを扱いました。 ここで宇宙の大きさ、光年を扱います。
 生徒は何とかして敵役のプトレマイオスに勝とうとしますから、難しい(知識習得とイイカゲン論理の批判が同時の学習ですから大変難しい)わりにはまあまあの授業になります。 僕の授業のように1年でやるのでなく、3年にすれば「力と運動」のおかげで慣性のほうはサッと通過できますから大分楽になりますが、面白さは減ります。これから当分のあいだ1年でやる人はいないと考え「力と運動」のダイジェスト版で慣性を教える部分(「科学教育研究」掲載の原案と違って常に授業は成功するのですが)をカットしました。

 第3の反対理由のところでは、遠心力・みかけの力論とか角速度の問題を扱うと、長大なわき道となり焦点がぼけるので扱うべきでないと思います。 重力だけ考えさせて通過としました。

第4節「コペルニクスからまた科学の時代になる」の考え方
 夜中に南中する時の火星の明るさを問題にするので、地動説で太陽、地球を示した絵をみた時、夜中に南中するとは火星が太陽と反対側にあることだと理解できる能力を2節でつけておかないといけない。

 プトレマイオスの第一の反対論に対するコペルニクス反論は第3節で扱ったものと同一だから問題ありません。 問題は第2と第3で、僕の経験では第3のほうが生徒に発見容易です。 ですから生徒に自信をつけるためそちらが先です。

 しかし第3のほうも発見…プトレマイオスの論法がイイカゲンで実は矛盾である事の発見はそう容易でない。 武谷氏の「空の弁当箱プラス風呂敷イコール卵」の話だけでは中1の場合なかなか手があがらないクラスのほうが普通です。 そこで演習として今昔物語の例と霊魂を呼び出す話を加えました。 これだけやれば、どのクラスでも手があがります。

 第2のほうはさらに難しく、問題にすると手があがらないクラスのほうが圧倒的多数ですから、お話になっています。 お話はわかるので、適当な演習を入れればどのクラスでもコペルニクス議論を再発見する生徒が出ると考えられますが、良い演習問題を考えつかない。
 板倉さんの論文にあるアリストテレス力学の基本的欠陥についてのくだりが参考になるかもしれません。「力と運動」にちょっと手を加えると演習が簡単になるような気もするが、思いつかない。

 慣性を学ぶ前の1年生には「天体は自然に動き続ける」「地上のものの運動は自然に止まる」というアリストテレス的力学観が自然発生している。 単なる論理の演習でなく、このダブルスタンダード? に気がつくような演習が必要なのでしょう。 プトレマイオスの文章のほうを矛盾に気づきやすいように書き換えるという方法もあるかも知れません。
  
 ブルーノとガリレオはあまり凝らず、サッとやって「これから天文学はますます発達してゆきました」という事にし、最後に生徒の好きな宇宙論のお話「アインシュタインと宇宙」をやり、ギリシャ人科学者たちにはじまりコペルニクスが
再興した天文学が発達した結果の素晴らしさを感じてもらう事にしています。
ただし筆者は最近の天文学を理解する能力に欠けるので、どなたかがもっと新しい知識で書き直して頂けると良いと思います。  太陽系の外の惑星は現在多数発見されています。何を教えるかといえば、最近の発見を教えるのでなく、天文学の面白さを教える内容にします。 この授業の影響で、物理学・数学の勉強をはじめ中学で、微積分を使った軌道計算(もちろん2体で)まで勉強した生徒もいるのです。 それと同様な事が来たいできれば良いと思います。

 もとの表題は「ケプラーまでの天文学史」でしたが、ケプラーの3法則を教えないほうがスッキリしている(コペルニクスの研究を中心としているのに、ケプラ-3法則で生徒を苦労させると焦点がぼけつまらなくなるようです)ので、ガリレオを軽く扱う程度で歴史を打ち切ることにしました。ですから表題も一応「コペルニクス」とします。 「コペルニクスと地動説の勝利」とかその他いろいろ考えられますが…。

1.ギリシャに科学がおこる
2.地動説による天体のみかけの動き
3.ギリシャの科学が滅びニセ科学の時代となる
4.コペルニクスからまた科学の時代になる