この運動が成立する必要十分条件は次の通りである。つまり以下の
問題は
1の成立で、1年で無競争集団主義を実施している場合は、「自分の個性に自信をもち、援け合う集団」から何人か入っているから、彼らは4-5月から運動可能であり、運動が自然発生するほうが普通であった。 その集団の団結は大変強力で、しばしば1年のクラス会が高校3年まで持続する位だから、彼らは2年3年になっても、問題児集団の暴力をおそれないのであろう。しかしいきなり
2年3年の担当になった場合は、すべての生徒が群小グループに分かれ、問題児集団の暴力を恐れているから4月5月に大衆的につきあう運動をおこす事は不可能である。 したがって1学期に大グループが成立するかどうかが成功失敗をわける事が多い。 2学期の成立でも問題児は目に見えてよくなるが、前記の基準までゆかない事が多いのである。前記の一連の授業
(すべて別項)により、昼食のグループ(家庭で遊ぶグループとほとんど等しい事は父母会で何回も確認)は大きくなってゆくが、いつの成立かかが問題である。リーダー会議を教師が昼休みに招集する。 このリーダー会議は班長会で代行してはいけない。 「授業の座席」にあるのと同じく「遊びグループ代表会議」とする。 つまり班長は先進的生徒の代表
(教師の理想?)や仕事を押し付けられた生徒たち(現実?)であって、班長会は生徒全体の意向を代表していない。 だから班長会で決めたとおり生徒が動くとは限らない。 グループ代表者会議ならば決定には全員ないし大多数が従う。 ただし教師が生徒を説得するという強引な指導ではその会議がもたない。 全員が本音で賛成するような内容での行動(その中で生徒は自力で変わるのだ)を決定しないと会議はたちまち空中分解する。 以下の例ではその代表者会議にタバコに手を出しているハンパといわれる程度、それまでは典型的反教師派だった生徒も参加している事を念頭においてほしい。まず実践例の場合から。
最初は定型的話し合い、すなわちプログラム化された授業である。「某と一緒に遊ぶ事はできないか。 某は何が好きか」