第二章 この教育方法による個人の指導


 ここで問題とします。ベテランの先生は答を知っているでしょうが、若い先生や父母の方は考えて ください。
1. 部活動を2年生の間にやめれば、勉強時間が増えるはずだ。だからやめると成績が上がるだろう。
2. 部活動を2年生の間にやめると、学校生活がつまらなくなる事が多い。やめると勉強する気がし なくなり成績が下がるだろう。
 どちらが事実と合う考えでしょうか。

 2年生の間に部活動をやめた場合、3年終了時の成績と2年終了時の成績を通知表54321の合計で 比べました。 表の数字は練馬区立田柄中1982年度卒業生での調査結果です。
学籍簿の54321評価(3学期通信簿の評価と同じ)の数字合計が
上がった 10名
同一5名
下がった29名
です。下がるほうが多い。ただし生徒会役員や学級委員になった場合を見ると
上がった 4名
同一3名
下がった4名
 成績が変わらない。
 生徒会役員か学級委員になった場合を除くと、 成績上昇は10-4でたった6名となり、同一は5- 3=2名、下降が29-4で25名ですから、下がるほうが普通として良いでしょう。

上がった 6名
同一2名
下がった25名
 上記の数字は一番極端な数字の出た学校・年度のものですが、他の中学・年度でも傾向は同じで、「部 活動をやめると成績低下のほうが普通」という数字は変わりません。もちろん統計学判定で高度に有意です。
 しかも上がるほうは1が普通で2は少ないが、下がるほうは2-3程度がごく普通で4以上低下とい う非行化が推定される例も珍しくありません。
 つまり勉強時間として使える時間は増えるはずですが、実際には学校生活が面白くないから、「すべ てにいい加減となり」子供の生活態度が悪化し、実際には正味の勉強時間が低下してしまうと推定さ れます。

   「受験用のつまらない勉強に努力する」という心理的段階の下のステップとして「好きな事なら努力する」 という心理的段階があると考えるべきでしょう。ステップが崩れると勉強に努力などとんでもないという状 態になって机の前の時間は増えても正味の勉強時間は減るのが普通なのです。学校生活がつまらなけ ればタバコ・酒に手が出たり、登校拒否・引きこもりになってしまってもおかしくありません。大人 だって人生が面白くなければ、努力でなくヤケ酒のほうに向かう事例が少なくないはずです。  部活動をやめても生徒会本部役員や学級委員になれば、「生きがい」を感じる事ができるので学校生 活がつまらなくなる、という事がないのでしょう。

 やめた事情は調査資料とした学籍簿に記載がないからわかりませんが、親の指令の場合と本人から の申し出の両方の場合があるでしょう。
 前者のほうは親が退部命令を出さなければ解決となります。
 後者の場合は成績が下がるだけでなく、非行化や登校拒否・引きこもりにつながる場合があるので、 すぐ顧問教師・担任教師に相談する事が必要と思われます。ただし「やめるのは自由だからやめるの が良い」という担任や「やる気のない者はやめて当然」という部活顧問も普通に存在しますから、カ ウンセラーに相談し立ち会ってももらうのが良いかもしれません。 
 カウンセラーは心理学に親しんでいる筈ですから、部活動をやめる時が人生上の岐路となる事が少 なくないとか、非行化や登校拒否となったらもとにもどるのに長い期間が必要だという事を理解して いるでしょう。
 また親族会議とか友達を招いての話し合いという方法もあります。部活動をやめるかどうかはその 位重要な問題です。レギュラーになれないというのが原因だったら、後記の進路についての話をして あげてください


 暴力顧問教師や暴力上級生が原因で、どうしても部活動をやめるというならば、他の部活動、同好 会や生徒会で本人の活躍する場を作れば良い事になります。転部の場合は体育の先生の助言があった ほうが良いと思われます。「今からその部に入ってもやってゆけそうですか?」

 生徒大多数が遊び仲間であり援けあう同志に近い場合は、多数の友達が「今までどおり一緒にやろ う」という指導をしてくれますから、本人がやめると言い出す事はまずありません。子供の遊び相手 が少なく、クラスや学年が小さいグループにわかれている普通の場合は危険が常在します。
 ですから「なにか好きな事なら努力する」というのが「受験勉強に努力する」という段階の手前の ステップだと考えられ、大半の子供ではまずそちらの現実化をめざすのが大切として良いでしょう。 何事にも「テキトー」つまり中途半端な努力しかしないというのが子供の圧倒的多数派だからです。

 ただし「好きな事」は積極的な本人活動を含むものである事が必要と考えられます。野球やサッカ ーに努力する事には価値がありますが、野球やサッカーの名選手の名を覚えるという趣味はあまり意 味がないと思われます。ただし自分がそのスポーツをやるなら名選手の名を覚える事にも価値がある でしょう。
 星座の名を覚えるという趣味なら天文学か星座についての神話が好きになるように教師や親が誘導 すべきだと考えられます。昆虫採集はただの蒐集趣味に終わるのでなくファーブル作品のような文学 や一般的生物学に興味を誘導できる可能性があれば、積極的な「好きな事」に数えてよいと思います。 ただしそれらの誘導はやさしくないから、二度や三度失敗しても当たり前と思う必要があります。将 来、誘導の具体例を多数集めて方法の検討をする事が必要と考えられます。

   前記の今村氏や成見氏は受験勉強第一主義、通信簿中心、平均点云々の指導をしませんでした。受 験用勉強の成績・平均点より生徒一人一人の個性的努力を大切にしたのです。
 つまりテスト得点が平均以下でも生徒を叱らず、部活動や委員の仕事、家庭での仕事などを高く評 価したのです。そう指導するほうが前記の理由で全体として受験用成績も高くなると推定されます。
 しかも前記のような学校指導つまり「契約」を併用すると、「何かに努力している」生徒同士が仲良 くなるので、自然に援けあいが発生しますから、「生徒の団結」などを目標に掲げて生徒に討論などさ せる必要はなく、自然に強力な友達集団が形成されます。つまりテストの前には数学や英語の得意な 優等生が仲間に教え、球技クラス対抗があれば部活動を一生懸命やっている生徒が仲間を指導すると いう現象が自然発生します。ですから全体の受験用学力・通信簿用の学力はさらに上昇し、多数教科 で学年最高になって当たり前と考えられます。

 この方法ではクラス生徒3学期5教科平均合計が学年生徒平均より下という例がなく、大半の例で前記成見 学級と同じく学年1位になっていて、計算をするまでもなく成績上昇という判定ができます。
 そうしてできた仲間は援けあう同志である友達大集団ですから、タバコ暴力生徒集団やいじめっ子 集団の暴力を勝手に実力制圧してしまう事となります。これら集団の暴力を怖れる必要がないので、 一般生徒たちが問題集団に属している生徒と付き合い、問題グループから引き抜く事件もごく普通に なります。登校拒否・ひきこもりは発生しません。孤立生徒が存在しないからでしょう。

 「子供を競争させるより別々の努力をさせるほうがよく努力する」事は西欧心理学者の常識に近いものだと思いますが、「そのほうが平均的成績も上昇する」というのはそうでないと思われます。「集団を教育する」という方法との併用によって、「遊び友達の個性的努力を認め合う」事から発生する「援け合いの発生」が重要なのではないでしょうか。日本の教育界では敗戦後まもなく「全面発達」論が盛んな時期がありましたが、個性的努力と全面発達との関係は不明でした。この2つは「援けあい」の発生があってはじめて調和するのではないでしょうか。
 私は次のようなおはなしをして、子供たち一人一人に自尊心と希望を与え、「何かに努力」という段 階に達するようにするのが良いと考えています。ただし例になっている職業は場合によって取り替え る事になるでしょう。

 「大学の教授は、もともと勉強の得意な人がなるのですか? それとも勉強の苦手な人がなるので すか?」 
 「大学の教授というのはみな立派な人ですか? 」
 「大学の教授にはピンからキリまであります。 立派な研究をしてみんなのためになる立派な教授 もいます。しかし学生全部に逃げられた有名大学教授もいます。 教授になってから金儲けに熱心で 勉強が足りないため世界の学問の進歩についてゆけず、あんな勉強していない教授の授業には出ても 役に立たないと、学生全員が授業に出なくなったのです。もちろん研究もできません。教授には上と 下があり、上のほうは立派な人ですが、下のほうは税金泥棒で国民のためにためにならない人です。」
「お医者さんに上と下はあるでしょうか?」
「医者になる人は勉強のよくできた人ですか?」
「大学の医学部って入るのが難しいんですね。」
「医者になって努力のたりない人はヤブ医者になりみんなのためにならない人になる。 上のほうは 多数の人間の命をたすける立派な人です。」
「大工さんには上と下がありますか?」
「努力が足りないと、素人とあまりかわらない下手な大工になり、みなに迷惑をかけます。上手な人 は仕事をするとみなに喜ばれる立派な人です。」
「トンカツ屋さんに上と下はありますか?」
「努力して上になれば、普通の家で作るよりずっとおいしいものを作る人になり、みんなに喜ばれま す。」
「民主主義の社会では将来自分で職業を選びます。君もどれかの職業について働きます。 その時、 自分で選んだ職業で努力する人でないとそれぞれの下になってみんなに迷惑をかける人間のクズとな ります。 反対に、努力する人はそれぞれの職業での上になり、みんなのためになる立派な人になり ます。」
「大人になってから努力するのは難しいです。 子供の時から自分の選んだ事で本気の努力をする習 慣をつけなければいけない。生徒にとって一番大切な事は勉強のできる事ではない。一番大切な事は 自分で選んだ事に努力のできる事です。 勉強ができて教授や医者になってもそれらの下になったの では困る。 勉強もできたほうが良いが、それは大切な事のうちの一つです。
 お願いがありますが、将来人間のクズにならず、立派な人になるため、何かに努力する習慣をつけ てもらいたい。部活動に本気で努力しても良い。 その場合は病気でない限りサボらず、一生懸命練 習をしなければいけない。 委員会で努力しても良い。整美委員会や図書委員会に3年間立候補して がんばっても良いし、学級委員として生徒みんなの意見を通すために努力しても良い。また家の手伝 いに努力し、料理や御菓子を作るのが上手になっても良いし、将棋や碁が強くなったり、ピアノやヴ ァイオリンがうまくなっても良い。 また特別キチンとしている事で努力する方法もある。
 君が将来立派人間になり、人間のクズにならない事を期待しています。

 「そうはいっても、誇りの持てない職業があるではないか」という反論があるかも知れません。し かしそれは社会の問題であり、教育の問題ではないと答えるより仕方ないでしょう。

第一章「楽しいから勝手にまじめな努力をする」教育方法が学校教育で発見される
        第一節「学校教育をこの方法に切り替えた最初の中学教師」
 
第二節「楽しいから勝手にまじめな努力をする」教育方法を学校教育全体に採用した教師たち 
第三節 先進的教師たちの部活動 
第四節 有志生徒運動の例と発生・成功の条件 
第二節 エスカレーターコ−ス信仰は事実と合うか  
第三節 楽しいから勉強するようになるという指導はどこまで可能か 
第四節 勉強・努力の方法を考える