まず極端な例を見てゆく事にします。
 極端な例としては前記のように、中学時代に通信簿54321合計も業者テスト「偏差値」も平均以下 で、早稲田大学一部や法政大学一部に現役合格した例があります。
 早稲田大学に合格した生徒については具体的指導がわかっていませんが、法政大学のほうはある程 度わかっています。
 A君は当然ながら最も合格容易な都立普通高校に進学しました。ある日テレビを見ていて、家庭婦 人向きのやさしい経済学講義が面白いと思ったというのが勉強らしい勉強のはじまりです。
 先生にテレビ講義が面白かった事を話したら、近代経済学の入門書とマルクス経済学の入門書を借 りる事ができました。その結果(どちらかの)著者であった法政大学教授の講義を直接聴きたいという 事になり、法政大学に受かるための受験勉強をはじめたのです。

 小学校時代に算数テスト成績が低く、他の教科でも平均以下であったS君は中学3年卒業時には微 積分の学習をはじめ、劣等生であったのに成績優良となります。
 小学校時代は味噌や醤油つくりに凝っていて勉強を全然しなかったそうです。しかし中1のとき、 前記の技術科優秀教師である田島氏が担任となり、その影響でラジオやアンプつくりに熱中するよう になります。はじめは本にあるものを作っていましたが、自分で設計したいと言い出します。そこで 中学生が学ぶ程度の電気回路…設計に必要な中学レベルの数学学習、高級アンプの設計製作…設計に 必要な三角関数・虚数の学習、パルス回路の設計…設計に必要な微分積分と進んだのです。高校数学 自主勉強のテキストは時間講師だった私が推薦し、わからない場合の質問に答えたから以上の事を知 っているのです。勉強する習慣がついたので、他の成績も良くなります。

 では別の極端な例をあげる事にします。
 Y君は中1のときかなり成績優良でした、しかし中2になるころから勉強しなくなり悪友との付き 合いがはじまって中2の終わり頃にはほとんど学校に来なくなりました。しかし高校には行きたいと いいます。
 指導は次のように行われました。
1. 高校では毎日登校するのだから、中学でも毎日登校としたいが本人が我慢できないといいます。 そこで1学期は毎日1時間登校すれば良くいつ登校してもいつ下校しても良い事にします。つら い事は少しずつ慣れるようにするという、心理学的に合理的な方法です。2学期には2−3時間登 校、3学期には普通登校を目指すという段階を本人納得の上で設定。 3mの氷の斜面があって も、ピッケルでステップを切ってやれば誰でも登れるようなものです。

2. 少なくとも1学期には学校の授業で真面目な態度というものは期待できません。本人は「オレは 頭が悪いからでなく不真面目だから勉強ができないのだ」と自分を合理化しますから不真面目な ところを皆に見せないと自尊心が保てないのです。
   同様な理由で塾も不適当です。勉強で追いつくには、家庭教師について一人で勉強するしかな   い。
3. 家庭では1.の1時間登校や家庭教師のときの勉強だけで本人の努力を認めるようにし、親は本人 を叱らず愚痴を言わないようにします。
4. もと餓鬼大将だったリーダーH君とその仲間が本人を入れてバンドをやりたいという。本人も楽 器練習はやるという。そこで練習会場として学年主任で音楽教師の宇都宮氏が放課後音楽室を貸 す事になりました。
5. サッカー部の顧問である加藤氏が、Y君のつきあい仲間がサッカー部にいるからとY君を部員に 勧誘。もちろん見ているだけでも練習に参加しても良い事とする。
 これでY君は都立高校普通科に合格となりました。

 方法としては「良くなる段階を明示し、少しずつつらさに慣れる」という事、「何かに努力をはじめ、 その後努力の範囲に勉強も入れてゆく」事、「普通の生徒のグループに参加して『友達と付き合うとき イコール喫煙と教師の悪口談義』という生活から逃れる可能性をつくる」事だろうと思います。今村 哲郎氏増山三雄氏指導の場合と比較すると、
「何か好きな事で努力する」「その努力する自分を合理化して考えが変わり、勉強にも努力するように なる」というところが共通です。また頽廃的生活とまともな生活の両方が同居するところから出発し て進歩がはじまるところも共通です。
 たいていの子供は仲間が必要ですから、頽廃廃的生活のほうを切った時に良い仲間がいるか、退廃グ ループの仲間全体が良くなっている事が必要と思われます。

 「問題児」が本当に良くなる場合、今村氏指導例のようにグループ全体を良くする場合を除き、
1. 「問題児グルーブ」と「普通の子のグループ」の二重所属の段階を経過する。
2. サッカー、卓球などのスポーツや楽器に取り組む時だけ真面目に努力し、他の事では不真面目と いう段階を経過する。
という事になります。  刑務所を出た人がどこにも就職できずまた泥棒生活にもどる例がありますが、子供の場合も良くなったとき の居場所がなければ、良い状態が安定しないと考えられます。
 「熱血教師名人教師の説得中心の指導で問題児が教師を敵視しなくなる」という事実は多数報告されていま すが
、@非行がなくなったという判定の基準なし、
A3年あとまでの非行追跡調査なし
ですから、そのような実践は「非行克服」でなく、「大荒れの克服」とすべきでしょう。
 当然@「親と遊び友達であるリーダーの証言」で非行がなくなった事を認定し、
A「追跡調査またはそれにかわる方法」
で非行克服を認定すべきです。
 「3年間の追跡調査(中学でリーダーだった卒業生の証言)で非行なし」という非行克服基準が実用的にはもっ とも信頼できる基準ですが、追跡調査のできない例も多いので第2の客観的克服基準としては何が適当かが問 題になります。どちらかの客観的な克服基準を適用したときこの方法の成功率は中1では10割に近く、中2 中3では半分程度ですが、その第二の客観的基準とその合理性については注のWeb論文をご覧下さい。

   この現象は、誰かが自分の指導中に発見したものでなく、前記のように有力リーダーを含む生徒た ちが勝手に「番長候補」とつきあう運動をはじめ、いつのまにか「強力問題児」が普通の生徒どころ かサブリーダーになってしまったという驚くべき事がおこり発見されたのです。「まじめに努力する」 生徒が圧倒的多数派だとそのような可能性がでてきます。

 一般の子供の場合はどう指導すべきでしょうか。
 大半の子供は「何か一生懸命やった」という経験がありません。戦中戦後の苦しい時代が終わり、 高度成長の時代になると、子供に親の手伝いをさせる事がなくなり、「子供は勉強だけしていればよ い」と親に指導されるのが普通となりました。
 そうは言っても勉強の好きな子供は少数であり、大多数の子供は親・先生から叱られない程度に勉 強するだけです。しかも勉強好きという子供は「成績が良くほめられるから好き」という場合が多い。 ですからエリート校に入り、成績普通とか劣等になると勉強が嫌いになる可能性があるのです。
 普通の授業は「知識を教える」ようになっていて、「学問の面白さ」や「芸術の素晴らしさ」を教え るようになっていない。「参考書」の多くもそうなっています。

 理科では学問の面白さを教える授業である程度普及したものがあります。
 小泉秀夫・藤岡完治・増山明夫「多次元評価による授業分析概念の同定(1)(2)」では多数の教育団体から推 薦された10名の理科の代表的「名教師」授業と授業結果を比較しています。(1)は1976年日本教育学会発表、 (2)は教育工学雑誌7巻掲載論文です。
 各授業のヴィデオ記録をもとにして、授業の心理学的構造を記述すると共に、「実験結果を解釈する仮説を考えるテスト」「2つの仮説があるとき、どちらが正しいかの実験を考えるテスト」などの科学的能力を測るテストや授業の面白さについてのアンケートなど13種のテスト・アンケートを行っています。そこでは授業の分析法(13種類のテスト結果を説明するような心理学的分析法は何か)が主要問題になっていて、膨大な測定結果があります。

 前記の注にある論文データーでは、「授業が面白い」つまり「科学の面白さ生徒評定で点が高い」と いう授業に仮説実験授業、玉田泰太郎氏授業、中原正木氏授業があり、仮説実験授業がプログラム化 されていて授業容易という長所のためかなり普及していて「楽しい授業」という雑誌が出ています。
この3授業は「実験結果を示してその結果を解釈する仮説を考えるテスト(仮説が間違っていても実験結 果と矛盾しなければ正解とする)」「2つの仮説があるとき、どちらが正しいか判定するための実験を考案 するテスト」すなわち科学的推理テストの生徒得点が高く、「授業の面白さ評点の高さは科学的推理の 面白さを教えるためである」と推定されます。
   市販テストの「考える問題」での3授業の結果は高いといえません。市販テストの難問は科学的推理でなく、ややこしさ処理が難しいのですから、別の能力を測るテストの問題と看做すべきです。
 この3種の授業では「生徒から自然発生するさまざまな間違い説明」の対策があり、教師や教科書による「上からの押し付け」を避けるようになっています。3授業の心理的構造と長短については前記の長大な論文・発表からのこの部分だけまとめた、Web論文「理科授業論」をご覧下さい。また普通の授業と比較した場合3授業共通の問題点、また普通授業と3種授業との中間的な授業、変形と看做せる授業の心理的構造とテスト結果についても同論文をご覧下さい。

 
 その他の教科でも面白い授業・楽しい授業とされるものはかなり多種知られていますが心理学者・ 教育学者が他の授業方法と面白さや楽しさを比較調査・測定した結果は今でもないようです。
 ただし測定はなくとも、「各分野で面白い・楽しい勉強が存在する」事は確かでしょう。各分野の専 門家はその分野の勉強が面白いから専門家になったに相違ないからです。

 しかし子供の大多数は「面白い授業」「楽しい授業」にめぐり合う機会が少ない。しかし大都会だと さまざまな授業方法の宣伝会があるので、そこに参加してそのような授業を見学するという方法はあ ります。そのような授業をする先生は自分の授業に自信を持っていますから、普段の授業を見たいと 言えば見せてくれるはずです。動植物の「自然観察会」や「地学見学会」のような行事に参加する方 法ももあります。そこで興味を持つようになれば、それについて適当な勉強方法を優秀教師、カウン セラー、学者などに聞く事になるでしょう。また「子供図書館」が地域にあれば、その指導者は子供 が「面白い、楽しい」という「勉強に関係した本」を知っているはずです。
 将来は事例研究が集まり、「打率」を上げる事ができるようになるのではないでしょうか。

第一章「楽しいから勝手にまじめな努力をする」教育方法が学校教育で発見される
        第一節「学校教育をこの方法に切り替えた最初の中学教師」
 
第二節「楽しいから勝手にまじめな努力をする」教育方法を学校教育全体に採用した教師たち 
第三節 先進的教師たちの部活動 
第四節 有志生徒運動の例と発生・成功の条件 
第二章 第一節 この方法による個人の指導 
第一節 部活動と勉強
 
第二節 エスカレーターコ−ス信仰は事実と合うか  
第四節 勉強・努力の方法を考える