ここでは「少しでも偏差値の高い高校へ入ったほうが難関大学に入りやすい」という俗信の検討をし
たいと思います。「エスカレーターコース信仰」ともいわれますが、その俗信・信仰は事実と合ってい
るでしょうか。
「難関高校で競争が激しいと競争に勝つためよく勉強し受験用学力は上がる」
「難関高校で競争が激しいと自信喪失の落伍者が出て受験用学力平均は下がる」
どちらの効果が大きいのでしょうか。実際の調査をすればはっきりします。
前記のように、難関高校に入った生徒はやさしい高校に入った生徒より受験勉強というレースで先
にいます。ですから3年後の大学受験で先にいるのは当然でしょう。
「エスカレーターコース信仰」が事実かどうか確かめるためには、スタート地点を同一にした比較
が必要です。つまり中学時代の成績が同じだが、片方は難関高校に行き、片方は地元のやさしい高校
に行ったという例を集めた比較が必要です。
この調査結果は都中進「進路指導」581号発表です。
もとの論文形式では一般の人々が全く理解できないという悪評がひどかったので厳密な議論は小さ
い字として読まなくても大意はわかるようにし、意味のわかりにくい図表(過半数ですが)もカットし
ます。
要するに中学成績と合格した大学の合格難度との関係を調べ、難関高校とやさしい高校で違いがあ
るかどうかをしらべれば良い事になります。
大学の合格難度をしめす数字として東京地区では駿河台予備校と並び代表的な予備校とされる代々木ゼミナ−ルの発表している合格基準偏差値を用います。駿河台予備校の数字も大同小異です。
私立大学の場合は,合格基準偏差値をそのまま用い,国立大学の場合は次のように計算した値を用います。関東地方国立大学または学部,学科,科類で選考が別のものはそれら毎に,2次試験の合格基準偏差値と共通一次試験結果の一次回帰直線を作り、一次の結果を二次試験偏差値に換算し二次の得点との重み付け平均を行い、共通一次得点を含めた二次偏差値を計算します
合格した大学の学科の記録が高校側にも中学側にもない場合,その学部に属するすべての学科の合格基準偏差値の平均を四捨五入したものを合格基準値とします。一部の短大は代々木ゼミナールももう1つの大予備校駿台予備校も合格基準を発表していませんが,それらの合格は容易とみられるのでかりに39とします。
浪人 浪人合格についての板倉のデ−タ(1)では,東大理1の1浪で25点,2浪で40点の増加があります。当時の東大理1の合格ライン得点と満点の差と,現在の東大理1の合格基準得点と満点との差の比から計算すると「補正は1浪で1,2浪で2」となります。浪人合格者は合格大学の合格基準から1浪で1,2浪で2を引く。その基準の大学なら現役合格したと考えられます。
中学時代成績 都入試−校内定期テスト−業者テストがほぼ同一の「実力」を測定しているという証拠があります(2)(3)。これらの相関は相関係数0.90-0.93程度であり、また校内定期テスト同志、業者テスト同志でも同程度の相関だからです。ですから校内テスト・業者テストで中3時代に行なったものの偏差値の平均を中学時代成績とするのが「受験用学力の値」として最も妥当なのですが、校内テストの結果を保存していない中学が多いので、業者テスト成績だけを用いる事になりました。東久留米市では練馬区のように地区内で業者テスト平均点に大差がある(越境入学が第1、地域差が第2の原因と思われます)という事はなく、学校差がほとんどないから校内テスト結果を業者テスト結果で代用しても問題は生じません。3年になってからのテスト偏差値の変化は大変小さく、都入試得点との相関がもっとも高いのは、3年になってからの校内テスト・業者テストのすべての偏差値平均ですから(2)、業者テストの平均を用います。市内に公立中学は6校ありますが、1つの学校は業者テスト成績も保存していなかったので、5校生徒全数のデーターを使います。
市立南中53、54年度生が4名以上進学した都立高または学校群について,それらの高校(群)出身
生徒の進路を示します。
他校のデータも53年度、54年度卒業生のものです。
| 全人数 | 偏差値60以上に合格した人数 |
都立高校72群 | 4 | 3 |
都立高校74群 | 16 | 7 |
都立保谷高校 | 25 | 5 |
都立久留米西高校 | 36 | 3 |
都立久留米高校校 | 15 | 2 |
人数あたりの難関大学進学者数は、難関高校ほど多い。 一見信仰が正しいような気がするかもし
れません。
しかし、中学時代の成績が偏差値65以上の優等生の数を書き加えると「おやおや」という事にな
りそうです。
| 全人数 | 偏差値60以上に合格した人数 | 中学時代偏差値65以上 | |
都立高校72群 | 4 | 3 | 4 |
都立高校74群 | 16 | 7 | 11 |
都立保谷高校 | 25 | 5 | 5 |
都立久留米西高校 | 36 | 3 | 3 |
都立久留米高校校 | 15 | 2 | 1 |
優等生と難関大合格者の比率をみると難関高ほど低い見えます。
「優等生の少ない、やさしい高校が善戦どころか有利???」
そうではありません。 中学校時代の優等生の数より難関大学に合格する者が多い高校が2つ存在
する事からわかるように、高校に入って受験用学力が伸びる者がいるから、このような数字がでるの
です。前記のように中学時代平均以下の成績で早稲田大学一部や法政大学一部に合格している生徒も
存在します。
表より情報量の大きいグラフにして見るとどの高校に行っても受験用学力が相対的に伸びる者と落
ちる者がいて、どこの高校に行っても大学受験に「有利」でも「不利」でもないように見えるでしょう。
中学時代偏差値と進学大学偏差値の高校別比較
70 65 60 55 50 45 40
都立72群 o-o---o---o
o-----o---o-----------------------------------o
都立74群 o---o-oooooooooo
o---ooo-ooo-o-ooooo-o-----------o 浪1
保谷高校 o-o-ooo-oooooooooo
oo-o-oo---ooooo-oo-o---o-o--------------------oo
浪2職2各1
久留米西高校 o---o-o-oooooooooooooooo-o---o
oo--o---o---oo-oo----o-ooo-o-o-ooooo----o------o
浪2職1各5
久留米高校 oo---ooo-----ooooooo
o-o---------------oooooo--------o-------o------o
浪1職1各5
例外的生徒はかなりいますが、全体としてはキレイに並行していて、
大学進学に有利でも不利でもないといえます。浪は浪人、職は就職、各は各種学校です。
全体としては「中学成績と合格大学の難度が並行している」が、個人をみると「個人差が大変大きい」事がわかります。
年度が違うのでこれらのグラフ、表には入っていませんが、前記の代表的トムソーヤー型リーダー
でクラス最高指導者だったK君の例も1年で成績中の上程度から難関大学に合格した例…個人差が大変
大きいの一例…になります。
同年度東久留米市出身の全中学生徒で4つの都立高に進学した全生徒の進路を4都立高校の先生方
の協力で調査し、中学に保存されていた成績と比較したものを示します。 グラフは省略し、表にま
とめたものを記します。61.0などの小数点のある数字は、該当生徒たちの合格大学難度(偏差値)の
平均です。
合格難度が高い順にQ高>R高>S高≧T高ですが、数字の上下を比較して上のほうが高いという
傾向はなく、数字が高校の合格難度に関係なくばらついている。「ほぼ互角」というところで5%有意
どころか10%や20%水準でも差がでない事は一見してわかります。
中学時代成績と進学先大学合格難度平均
高校中学時代偏差値 | 65以上 | 62-64 | 59-61 | 56-58 | 53-55 | 50-52 | 47-49 | 47以下 |
Q | 61.0 | 56.2 | 57.5 | 51.0 | 例なし | 例なし | 例なし | 例なし |
R | 62.0 | 55.3 | 50.2 | 50.5 | 51.6 | 55.0 | 44.5 | 例なし |
S | 例なし | 例なし | 53.3 | 51.5 | 50.8 | 53.3 | 45.5 | 49.0 |
T | 例なし | 例なし | 53.5 | 例なし | 52.0 | 49.0 | 例なし | 例なし |
高校合格難度はQ>R>T≧Sですが,中学時代の成績また浪人がQ高で多くT高S高で就職,各
種学校進学が多い(有意)が,Q高では1浪が現役より難度の低い大学に入っており,R高では浪人
の中学時代成績が就職組・各種学校組より劣り(有意,他校でも低),中学時代成績−大学合格難度に
+の相関があるという3つのことからみて,浪人・就職・各種学校のデ−タを加えると結論がかわる
とは考えられません。
5中学出身生徒全員について進学先全高校と全部の進学先大学のグラフは大変複雑となりますが、
同様な結果です。「複雑なグラフ・数表でもよいから事実確認をしたい」方は前記論文をご覧下さい。
都立と私立で同様な結果というのもそちらにあります。
見やすい一部のデーターだけでもエスカレーターコース信仰が怪しい事は納得していただけるので
はないでしょうか。
大都市か中都市全部の学校参加という程度の大規模な調査をすれば差がでる可能性がありますが、
その差が大きいものでなく実用的には無視できる程度だろうという予想がこの小規模調査からできます。
1. 板倉聖宜 1963 理科学生の入試成績と教養成績 国立教育研究所紀要 Vol.38,p29−57.
2.酒井一幸,増山明夫 1982 都立高入試得点予想に際しての校内定期テストの有効性と業者テストとの比較」,都情報処理センター自由研修収録Vol.6、1−38.
3.岡本香児 1978 校内テストと学区偏差値の相関関係,保谷市教育委員会研究紀要 p82−91.
中学時代の生徒成績の変動を前記「部活動をやめたときの成績変化を調べるための学籍簿調査」の
ついでに練馬区の田柄中、関中で調査したところ1年→2年→3年と成績分化が大きくなる事がわか
りました。 つまり「成績の良い者はますます成績が良くなり、低い者はますます低くなる」通知表
の5や4が特定生徒に集中し、2や1も特定生徒に集中するのです。
多分高校でも同様な現象がおこり、たまたま良い成績の出た生徒は勉強するようになり成績が伸び、
競争に遅れはじめた生徒は成績がますます低下するのではないでしょうか。
ですから難関高校を落ちてもがっかりする事はありません。これから頑張って上のほうの成績を得
るようにすれば良いのです。
また大学でも同様な成績分化がおきるでしょうから、東大京大の学生はみな最優秀で早稲田慶応は
その次だ…などという考え方はおかしいことになります。
増山元三郎は東大講師から理科大教授になりましたがこう言っています。「理科大にも優秀な学生
はいる。ただし東大より優秀学生が少ない」
つまり「偏差値」の高い難関大学ほど優秀学生の比率が高いのであり、それほど難関とはいえない
大学にも優秀な学生は少ないだけで存在しておかしくないという事になります。
また中学での「越境入学」の効果も似たようなもの、つまり効果ゼロと想像されます。
では難関高校に入る意義は全くないのでしょうか。
場合によってはある、と私は考えています。
今村昌平・北村和夫・加藤武・小沢昭一…は早稲田大学の演劇部で一緒であり、皆で高めあって皆
一流になっています。他にも優秀な人物がいた記憶ですが私の記憶が怪しい。
部活動や同好会で活躍するなら、類似の現象が生ずる可能性があります。
東久留米地区では中学で部活動のための越境入学が疑われる例がありましたが、それも意味がある
だろうと思います。部活動顧問の多くは管理顧問で技術指導ができないか素人級の技術指導ですから
子供の能力が十分発揮されない。
可能なら同じ競技の部に属する学生や引退プロの外来顧問をコーチとするのが望ましいでしょう。
部活動を社会体育として学校から完全に切り離すべきだという考えもありますが、多くの地域では学
校以外に運動場や体育館がありませんから、学校と全く無関係というのは非現実的なように思われま
す。
ただ受験勉強だけをしているなら、難関高校の意義は不明だというのが私の考えです。
ただし難関大学に入る事は多くの大企業が指定校制度を採用している以上、意味がある事になりま
す。 指定校制度とは、社員採用のときに、「○○大から何人、××大から何人」などという枠を決
めている制度の事で、大学入試を就職の一次試験にしている採用制度です。だから早大学院高のよう
に全員難関大学に進学できるなら入る意味がある。
ただし早大学院に限らず大学付属の高校はその大学に入るよりずっと難しいのが普通です。早稲田
大学には中学時代成績が平均以下で合格した例が前記のように存在しますが、早大学院高はクラス最
高どころか学年最高成績の子供でも合格確実とはいえません。
高校と大学が同程度の難しさだと、高校入学から3年あとには上から下まで成績が分化しますから、
大学講義についてゆけない学生も入ってきて大学の先生方が困る事になります。ですから「高校のほ
うが遥かに合格困難」か「大学進学のときに成績不良者を締め出す」かどちらかになっているのです。
前記の進路追跡調査でわかった事で重要なこと2つを書き加えておきましょう。
1つは男女差別です。「中学成績が同じなら進学大学の難しさも全体として、平均的にはは同じ」と
いう結論は男子、女子を別々に集計した場合に正しい。
女子のかなりの部分に中学成績から想像もできないほどやさしい大学に進学する傾向が見られまし
た。「おヨメに行くのに浪人は困る」という男女差別思想が家庭内にもあるのではないでしょうか。
もう1つは一発勝負の入試に弱い子供が実在するという事です。
中学3年生の校内定期テストや業者テストの結果から、都立入試得点、つまり一発勝負得点の80%
信頼限界(80%の確率でこの範囲の得点)を計算する事ができます。(「実力」の推定でなく、一発テスト得
点の推定)もちろん前年と同じ難しさの問題だと仮定した場合です。
上に外れる場合は合格ですから80%信頼限界を計算すれば90%安全なはずです。
ところが酒井氏と二人で計算してみると、下はずれが10%より大きく20%近い下はずれが出る年度
もあるのです。これは変だと二人で原因調査をしました。
すると下はずれの生徒は3年担任による評価、つまり一発勝負でこの生徒は「強気」「普通」「弱気」
…という1月現在の担任評価で「弱気」とされた生徒とかなり一致するのです。計算を進めると、「強
気」は都入試得点に関係しないようですが、「弱気」という評定を担任の先生にされた生徒は都入試得
点が平均して1教科5点ほど数学的予想得点より低くなっている事がわかりました。
「弱気」と思われる生徒は、余裕のある高校を受験するか、専門家による心理的指導を受けるか、
または精神修養の修行に参加すべきでしょう。
1/8位いる「弱気」生徒点数が都入試で5点程度低くても都入試と校内テスト・業者テストの相関係数はあまりかわらないので、この現象と岡本氏らの結果との間に矛盾はありません。
「業者テスト得点の偏差値が校内テスト偏差値より高い(事が証明される)」ので悪徳塾による業者テスト問題漏れの影響と思われる生徒が少数いますが、その事が相関係数にほとんど関係しないのと同様です。
また3年担任の生徒評定「成績が上昇気味」「下降気味」は次の例外条件がなければ偶然的数字の誤認であり、入試得点は「3年時のテストすべての平均」から推定するのが合理的です。例外は「@非行がはじまれば下降非行克服なら上昇を認めてよい」「生徒会役員と練習の厳しい部活動レギュラー部員は2学期に引退してからの上昇を認めたほうが多分良い…(計算結果が有意でないので断定はできないが、認めるほうが認めないより妥当)」です。
第一章「楽しいから勝手にまじめな努力をする」教育方法が学校教育で発見される
第一節「学校教育をこの方法に切り替えた最初の中学教師」
第二節「楽しいから勝手にまじめな努力をする」教育方法を学校教育全体に採用した教師たち
第三節 先進的教師たちの部活動
第四節 有志生徒運動の例と発生・成功の条件
第二章 第一節 この方法による個人の指導
第一節 部活動と勉強
第三節 楽しいから勉強するようになるという指導はどこまで可能か
第四節 勉強・努力の方法を考える